PLL(Phase Locked Loop)の応答特性 | PLL技術コラム
通信分野、特に移動通信の分野においては、世代が進化するごとに、データ転送の高速/大容量化が進んでおり、それに伴って、内蔵されるPLL(Phase Locked Loop:位相同期ループ)も高速化が必要になっています。 本コラムでは、「PLLの基本」、「PLLの応答特性」「PLLの高速化・低雑音化手法」について、回を分けて解説します。 今回は、「PLLの応答特性」について詳しく解説します。
ループ応答周波数
閉帰還応答特性は、ループ応答周波数fcによって定義できます。
ループ応答周波数fcは、ループ帯域幅と同じです。
ループ応答周波数fcは、開ループ利得のボード線図で表すと、ゲインが0dBになる周波数で、図の伝達関数Kp、KF、Kv、Nの積で算出します。
ループ応答周波数:2×π×fc=(Kp×KF×2×π×Kv)/N
ループ応答周波数が高くなると、応答時間が早くなりますが、帯域が広がるため、位相雑音は大きくなります。
また、ループ応答周波数が低くなると、位相雑音が小さくなりますが、応答時間は遅くなります。
位相余裕Φと閉帰還応答特性の関係
位相余裕が適正でないと、位相揺らぎが適正に収束せず、位相揺らぎが継続します。
位相余裕は、ループ応答周波数fcとLFのカットオフ周波数faによって決定されます。
位相余裕は、ダンピングファクターとも呼ばれ、0.5×√(2×π×fc/(2×2×π×fa))で計算します。
ループ応答周波数が高くなると、応答時間が早くなりますが、帯域が広がるため、位相雑音は大きくなります。
また、ループ応答周波数が低くなると、位相雑音が小さくなりますが、応答時間は遅くなります。
PLL周波数シンセサイザーの理想は下記の通りです。
広帯域発振(周波数発振範囲が広い)
周波数の設定が細かくできる
周波数の設定スピードが速い
位相雑音が少ない
スプリアスが少ない
これらの多くはトレードオフの関係にあります。
基準周波数frのN倍の周波数を作ります。
基準周波数frには、周波数安定度の優れたクリスタル発振器を準備します。
VCOは、LC発振器で安定度はあまり良くありませんが、高周波数で発振することができます。
分周器1/NでRFoutを分周すると、PLLによって、frをRFoutにする周波数シンセサイザーを構成できます。
それにより、安定度の悪いVCOの出力は、クリスタル発振器と同じ周波数安定度に置き換えられます。
VCOの出力周波数をRFoutとすると、位相比較器(PFD)への入力周波数fvは、次式となります。
fv=RFout/N
PLLが構成されることによって、fvはREFin参照周波数frと等しく、fv=frが成り立ち、RFoutは次式になります。
RFout=fr×N
プログラマブル分周器を用いて周波数を可変します。
frのステップで、出力周波数を変えられます。
分周器をプログラマブルにして、Nの値を可変すれば、出力をfrずつステップする周波数シンセサイザーになります。
このように、PLL周波数シンセサイザの1/N分周器を可変分周器としてプログラマブルとすることで、その応用範囲は大きく広がります。
理想とするPLL周波数シンセサイザーは、周波数の切換え時間が早く、位相雑音が少ないことが望まれます。
整数分周器1/Nを使用した場合、周波数ステップ幅Δfは基準周波数frと同等にする必要がありました。
分周器を分数分周器に置き換えることで、周波数ステップ幅Δfはそのままで、frを数倍高くすることができます。
高速で低位相雑音なPLL周波数シンセサイザーが得られます。
分周数Nが小さくすることができ、PLLのループ帯域幅が広くなるので、周波数切換え時間を高速化できます。
また分周数Nの値が小さいのでループ帯域内の位相雑音がより小さくできます。
分数分周は、分周器の分周比を時間的に変化させることで、等価的に分数の分周比を実現しています。
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図では、分数分周の基本構成を示しています。
アキュームレータが可変分周器出力パルスのF回のうちのK回分周数をN+1に切り替えます。
F-K回分周数はNのまま動作します。
よって、平均の分周数は次式で表されます。
N_ave=[K(N+1)+(F-K)N]/F=N+K/F
分数分周N_ave=10+3/16=10.1875をタイムチャートで表します。
1周期(F=16)で、N+1は3回、Nは13 回となります。
重要なPLLの応答特性
通信技術の進歩に伴い、PLL周波数シンセサイザーの時間軸での速応性が求められます。
例として、基準周波数fr=200KHzとして、分周器のN値をN=1950→2050に変更すると、RFoutは390MHz→410MHzに切り換わります。その時の応答特性について、次に記載します。
応答特性の理想と実際の特性
図は、PLLの応答特性の概念図を示します。
出力周波数がRFout=390MHzの時にVCOのA点の制御電圧はV1となります。
N=2050に変更すると、PLL負帰還回路はRFout=410MHzとする制御電圧V2を発生します。
そして、①のように制御電圧V1→V2は直線的に動き、390MHz→410MHzに一瞬で切換わるのが理想ですが、実際はその通りには動きません。
希望とする、tsまでに周波数を410MHz までに切換えたいとした時、この性能に合うPLLとしたいが、設計を誤ると②のようなオーバーシュートを生じて、隣接チャネルに悪影響を及ぼす可能性があります。
また、③のようにtdまで切換え時間がかかってしまう可能性があります。
PLL周波数シンセサイザーの応答特性を時間軸と周波数軸で取得します。
PD信号をトリガーとし、VCO電圧時間軸波形とRFスペクトラム波形を測定します。
条件:RFout=410MHz fr=200kHz ループ応答周波数fc=3KHz 位相余裕Φ=45°とします。
ロックオン前のフリーラン・スペクトル波形
fc=410MHz,fr=200KHz,fc≒3KHz,Φ≒45°の応答特性
PD信号Lの期間で、チャージポンプ出力がOFFの状態のため、VCO電圧は約0Vです。
したがって,ロックアップ前のフリーラン・スペクトル(約381MHz)が観測されます。
ロックオン動作中のオーバーシュート付近のスペクトル
fc=410MHz,fr=200KHz,fc≒3KHz,Φ≒45°の応答特性
PD信号がHとなり,ロックアップ動作でオーバーシュート電圧がピーク付近でのデータです。
RFスペクトル410MHzをオバーして416MHz付近に達しているのが分かります。
ロックオン→600us後のスペクトル
fc=410MHz,fr=200KHz,fc≒3KHz,Φ≒45°の応答特性
ロックアップ動作を開始してから 600us後のデータです。 RFスペクトルは 410.8MHz付近にあり、まだ安定してない状態です。
ロックオン→1200us後のスペクトル
fc=410MHz,fr=200KHz,fc≒3KHz,Φ≒45°の応答特性
ロックオン動作を開始してから 1200us後のデータです。RFスペクトルは 410.0MHzまで収束し、ほぼロックアップ動作を完了しています。
オーバーシュートの激しいPLLの応答特性
次に,PLLの位相余裕を極端に少なく,Φ≒15°で計算したループ・フィルタとした場合。
CH1入力のVCO電圧は激しくオーバーシュートしています。 そして,オーバーシュート付近のRFスペクトルを観測すると,設定周波数 410MHzを大きくオーバーして 435MHz付近に達しています。
隣接チャネルなどの妨害波となる可能性があります。
サイクル・スリップが発生したPLLの応答特性
基準周波数fr=500KHzのPLLとして,ループ応答周波数 fc≒3KHz で位相余裕Φ≒65°とした場合。
CH1入力のVCO電圧にサイクル・スリップした様子が見えます。fr=500KHzにしたので、より高速に動くかと思えば、サイクル・スリップの発生で、先のfr=200KHz でのロックアップ動作より遅くなっています。